講演会
第17回三島クリニック講演会
開催日 | 2018年3月25日 |
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講師 | 滋慶医療科学大学院大学 教授 椿原 美治先生 |
演題 | 「元気で長生き透析ライフ!」食事療法が原点! ~栄養保持とリン制限~ |
講演要旨
12年前(2006年)の第6回三島クリニック講演会で「元気で長生きするために」という内容でお話させていただきましたが,これは今でも全く変わらず皆さんに元気で長生きしていただきたいというのは私の願いです。
2008年に「ためしてガッテン」に出演して,腎臓が悪くなると血圧が高くなる,エリスロポエチンが欠乏して貧血になる,血管が石灰化するなどの話をしたら,問い合わせが多くありました。
NHKスペシャル~神秘の巨大ネットワーク~で去年10月に第1回「“腎臓”が寿命を決める」が放送されました。その内容は,『腎臓は,あなたの寿命をも左右する人体の「隠れた要」であることがわかってきた』というものでした。
これを見た透析患者さんは,「腎臓が働かなかったら死ぬのか」と思われたかもしれませんが,いろいろ注意すべきことを頑張っていただくと寿命を全うすることができます。
今医学の世界で重要なキーワードがあります。それは
・心腎連関(しんじんれんかん)
・肝腎連関(かんじんれんかん)
・肺腎連関(はいじんれんかん)
・脳腎連関(のうじんれんかん)
・腸腎連関(ちょうじんれんかん)
・骨腎連関(こつじんれんかん)
と呼ばれるものです。このように腎臓は体の中のいろいろな臓器と関連が深く,「腎臓は体の大切な司令塔!」といえます。
しかし,皆さんの腎臓は働いていません。
腎臓は体液量とミネラル(Na,K,Ca,Mgなど)の濃度を一定になるように管理しています。ですから,腎機能が低下してきたら経口摂取量を調節(口養生)しないといけなくなります。
さらに腎機能が低下してきたら透析が必要になりますが,透析は通常1回4時間で週3回しかしませんから,24時間年中無休で働いている腎臓の1割にも足らない働きしかできません。というわけで,「透析を始めても食事療法(口養生)は絶対必要!」ということになります。
今日は原点に返って話を聞いていただきたいと思います。
1972年当時の透析療法の適応基準(人工透析研究会誌1972年 より)は, 医学的適応基準として,「15~45歳,糖尿病腎症や癌患者などの生命予後不良な疾患は除く」で,社会的適応基準として,「仕事ができる」というものでした。これは,透析台数の不足,経済的,透析技術の未熟などの理由がありました。
1971年の調査では,15~45歳で慢性糸球体腎炎から透析になった患者さんの5年生存率は0%でした。これは,経済的理由や未熟な透析医療を苦にして自殺する患者が多かったためです。この時代を知る高齢者は「透析になったら終わりや!」と今でも信じています。
1972年に透析医療が更生医療に認定され,透析クリニックの増加,透析技術の向上により1976年の調査では,5年生存率が53.1%に上昇していました。さらに,1983年からは日本透析医学会の統計調査が始まり,その年に導入した患者の5年生存率は92.9%となり,ほとんど死なないようになってきています。
我が国の透析医療の現状は,日本透析医学会のホームページで統計調査を見ればわかります。統計調査は日本の透析病院・クリニック4400施設のうち99%以上の施設の情報が集計されています。それによると,現在の日本の透析患者数は33万人でしばらくは増加することが予想されています。
33万人のうち10%が入院,20年以上の透析患者数は8.3%,75歳以上の患者数が33.1%(3人に1人),最長透析歴の患者は48年4ヶ月となっています。
確かに“腎臓は寿命を決める”重要な臓器ですが,食事療法さえしっかり守る努力すれば50年近く生きられるということです。
2014年の導入患者の年齢と性別を見ると男性は75~80歳,女性は80~85歳が一番多くなっています。2016年では男性は65~70歳,女性は同じく80~85歳が一番多くなっています。男性では明らかな団塊の世代が増加しているからだと考えられます。
新規導入の主要疾患では,1983年の統計調査開始時では慢性糸球体腎炎が60%を占めていましたが,2014年には14.2%と割合も低下しました。一方,糖尿病性腎症患者が急増しましたが,最近やや減少に転じてきて43.5%となっています。高血圧性腎硬化症が14.2%,不明が11.3%と徐々に増加してきています。
これに関して,糖尿とか血圧が管理不十分で透析になったということは「透析患者の多くは生活習慣病のなりの果て!」と考える人もいて,さらに“自業自得の透析患者なんて,全員実費負担をさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を滅ぼすだけだ!」と,自業自得の透析患者が日本の健康保険料を食いつぶしていると主張した人さえいます。
中国では,2017年で透析患者数が45万人といわれています。中国の人口は13.8億人,日本は1.27億人と日本の約10倍の人口ですから,本来ならもっと多くの透析患者がいてもおかしくないですが,中国で透析を受けられるのは約2割(2.76億人)の富裕層に過ぎないため,それほど多くの透析患者数とはならないという現実があります。
日本では,どんな人であろうと透析が必要な人には透析をします。国民医療費は平成22年度37兆4千億円,平成24年39兆2千億円と毎年1兆円増加しています。そのうち透析医療費が1兆6千億円で,これ以上透析医療費を増額できるわけがありません。今年の4月から透析の診療報酬がさらに下がります。
今の透析患者さんは,「ほとんど全ての費用は,税金で支払われて生き長らえさせてもらえている」ということを今一度思い返していただきたいと思います。
また、送迎をしている透析施設が全施設の54.6%と半数以上ありますが、送迎をしている施設の本音としては8割近くの施設が「負担である」と考えています。他の病気で送迎をしてくれるということはありませんから、そういう現状も知っておいてください。
透析の量と質の確保と合併症対策ということについては、まず透析患者さん自身も投薬内容や検査データの変動を知ることが最低条件です。さらにガイドラインなどを読み、講演会などに参加して勉強することも必要です。
また、「おのれの体は自分で守る!」という気概が必要です。わからないことがあったらスタッフに質問すればいいです。そうすればスタッフも勉強します。
平成14年の診療報酬改定で透析時間に関係なく診療報酬が一律(時間区分撤廃)になったことがあります。そうすると、4時間未満透析をする施設が増え5時間以上透析をする施設が減りました。
透析時間が減れば喜ぶ患者さんもいるかもしれませんが、透析時間を減らせば早く死にます。「短時間透析はなぜいけないか」というと、毒素は、細胞内→血液→透析液と移動して抜けるわけですが、特に細胞内から血液へ移動するのはゆっくりで短時間では体中の毒素は抜けないからです。透析でちゃんと毒素を抜くためには時間が重要なのです。
そこで、「透析時間が長いほど1年死亡率、5年死亡率が明らかに低い」というデータを持って厚労省とかけあい、平成20年改定で時間区分が復活しました。このように、統計調査は学術調査ですが、診療報酬改定にも利用されています。これによって、患者さんの予後改善が期待できます。
米国の1年粗死亡率は日本が9.1%であるのに対して24%以上(約30%)と非常に高いのは、透析時間が短いことが原因です。ほとんどの患者が3時間透析で4時間半以上する人はほとんどいません。
透析がどれくらいできているかを考えるうえで、透析量(Kt/V)という指標があります。Kは透析器の面積や血流による効率、tは時間、Vは体液量(体の水分量)を表しています。そして効率であるKと時間tを掛け合わせたものをその患者さんの体液量で割った値を透析量としてみるものです。
同じ透析量(Kt/V)でも米国は血流500ml/minを取るなどしてKを上げることに専念し、日本はt(時間)を長くすることで同じ透析量を維持しています。確かに血流を多くして短時間透析をしても、血流は200~~250ml/minで長時間(4時間~5時間)しても、血液で調べる検査結果に見た目上の違いはないかもしれません。しかし、短時間では細胞の中の毒素は抜けていません。そのため生存率が低くなるのです。
透析患者さんが元気で長生きをするためには、患者さんがメインとなって医療側との共同作業が必須です。そして、何より患者さん自身が透析治療に参加し、守るべきことを守ってもらわないとどうしようもありません。
日本透析医学会ガイドラインでは、「透析患者の体液管理は重要で、最大透析間隔日の体重増加を6%未満にすることが望ましい。」となっていますが,できれば5%未満とするのがより望ましいです。
透析間体重増加が1年および6年生存に及ぼす影響を調べてみると、体重増加率2~4%を基準とした場合4~6%では1年生存の危険度は低いのですが、6年生存の危険度は高くなります。6%以上では1年生存、6年生存の危険度がともに高くなります。これより透析間体重増加は4%以内にした方がいいという結果でした。ただ、体重増加が2%以内では、食事が十分とれていないためと考えられ死亡危険度が高くなります。
体重増加の原因は水の飲み過ぎではなく、塩分の摂り過ぎです。塩8g食べたら必ず1kg増えます。3kg体重が増える場合は必ず24gの塩を食べています。
体重増加は中2日の時、ドライウェイトの5%以内、中1日の時3%以内が原則です。この体重の波が大きいほど心臓や血管に負担となり長生きできません。
一般住民の死亡は1位が癌で2位が心疾患、3位が肺炎ですが、透析患者さんでは1位が心臓病、2位が感染症、3位が癌となっています。
腎不全に伴うCa・P代謝異常については、2006年までは腎性骨異栄養症といわれ、2006年以降はCKD-MBDという言葉で呼ばれています。
動物(ラット、ネコ、イヌ、ウサギ、ウシ、ヒト)の血中リン濃度と寿命の関係をみると、血中リン濃度が低い動物ほど寿命が長くなっています。すなわちリンが低いほど長生きできるということです。
体の中のリンを調整しているものはいろいろありますが、まず腎臓でつくられる活性型ビタミンD、そして2つのリン利尿ホルモンであるPTH、FGF-23があります。しかし、利尿ホルモンがいくら出ても透析患者さんでは尿でリンを捨てることができません。逆にPTHが過剰に分泌されることで骨融解(骨が溶ける)が起こり、FGF-23 が多くなると心不全(心臓が悪くなる)になります。
さらにFGF-23が腎臓に働く(リンの利尿を促進する)ためには腎臓にある長寿遺伝子であるクロトー遺伝子が必要ですが、腎不全になるとその長寿遺伝子が減っていくため短命になると考えられています。
腎臓が悪くなると、まず初めにクロトー長寿遺伝子が低下し始め、続いてFGF-23(リン利尿ホルモン)が増加、次にビタミンDが低下し、次にPTH(リン利尿ホルモン)が増加、最後に(腎機能ステージ4~5)になって初めてリンが上がります。このように透析になる以前の段階(慢性腎臓病の初期)からリン代謝に影響するさまざまなマーカーの変動が起こっているのです。
リンの摂り過ぎは悪いというのは、透析患者さんでは常識になっていますが、透析になっていない保存期腎不全の患者さんでは知らない人が多いです。
リンが高いとCaと結合し、骨以外の血管や関節などに石灰化が生じ、動脈硬化や関節痛を起こします。また,副甲状腺ホルモン(PTH)やFGF-23の分泌を促し、骨が溶け骨折などを起こしたり心不全にが起こります。特に副甲状腺ホルモン(PTH)が過剰に分泌されると骨が溶けてボロボロになると同時に大動脈などの血管が骨になり、心血管病の原因となります。
血清リン濃度は6を超えると死亡リスクが高くなります。逆に低すぎても死亡リスクが高くなります。これは、食事でタンパク質があまり摂れていなくてリンが低くなっているためです。この結果から、透析医学会では血清リン値の目標値は3.5~6.0mg/dl、血清Ca値は8.4~10.0mg/dlになっています。しかし、透析医学会の調査では、4人に1人(23%)が血清リン濃度が6以上となっています。
アメリカ人の寿命が短いのは、炭酸飲料(コーラなど)の飲み過ぎだといわれていますし、ヨーロッパではハムやソーセージの食べ過ぎで死亡リスクが上昇するという研究もあります。これは、コーラやハム、ソーセージにはリンがたくさん含まれているということと関係があります。
リンは主に結着剤、乳化剤、酸味料、ph調整剤として加工食品に添加物として多く含まれていますが、この添加物のリンは特に体に吸収されやすいリンです。さらに、食品には具体的に使用した添加物名を記載する義務がないので、消費者はリンが使われているか非常にわかりにくくなっています。
リンはタンパク質の豊富な食品に多く含まれていますが、食品によって含まれるリンの割合は違います。リン/タンパク比の低い食品(牛肉、豚肉、鶏肉、ツナなど)を選んで、リンを抑えながらタンパク質を十分に摂りましょう。
(インターネットの「すぐわかる栄養成分ナビゲーター・グリコ」というサイトで食品のリン含有量を調べることができます。利用してみて下さい)
1985年当時(エリスロポエチン製剤の発売される前)の透析患者さんの貧血についてみると平均Ht値24.1%(Hb値で約8g/dl)でした。それでも、貧血も続くと慣れが生じるためか、貧血による自覚症状が当てにならないせいか、体調は「良い」とか「普通」と答える患者さんが多くいました。一方、輸血率は非常に高く、このころの輸血でB型肝炎、C型肝炎に感染する患者が多くいました。このように1990年にエリスロポエチン製剤が市販される前は悲惨な状況でした。
現在、ガイドラインでは、「成人血液透析患者の場合、維持すべき目標Hb値は週初めの採血で10g/dl以上12g/dl未満」となっています。
ダイアライザーの残血や採血によって失われる鉄分は注射で補うことが必要となります。
風邪をひいたりして食欲低下などが続くと見かけ上の体重は同じでも、体が痩せて水に置き換わり体液が過剰になっていることがあります。体液過剰では、心臓が大きくなりやがて心不全になりますし、栄養不良では感染症を起こしやすくなり死の危険性が高くなります。
そのため、栄養不良の対応としては、当面は「リンやカリウムを気にせず、しっかり食べること」が重要です。しっかり食べて元のドライウェイトまで戻す努力が必要です。
食欲低下の原因が透析不足による尿毒症のことがあります。例えば、食事量が少なくなり尿素窒素やリンの検査結果が低いからと透析時間を短くしてしまうと毒素が上がって尿毒症となりそれがますます食欲不振に陥らせるという「死につながる悪循環」が起きます。というわけで、食欲低下で検査データが良くなっても透析時間を延ばしてしっかり尿毒素を抜くべきです。尿毒素を抜くことで食欲が出てきます。
透析患者さんの平均体重は、60歳でも健常人と比較して男性で約5kg、女性で約6kg少なくなっています。これだけ見ても透析患者さんは栄養失調だといえます。
透析前アルブミン値が3.5g/dl以下、すなわち栄養状態の悪いほど予後が不良(死亡リスクが高い)であるということも明らかになっています。
BMI(肥満度)については、透析患者さんでは多少肥満傾向なほど予後が良好(死亡リスクが低い)で、BMIが18以下なら死亡リスクが高くなっています。また、筋肉量が多いほど予後が良好(死亡リスクが低い)であるということも明らかになっています。
サルコペニアとは「筋肉の喪失」という意味の造語で、加齢や疾患(透析など)に伴い筋肉量が減少し、身体機能(歩行や運動機能など)を低下させ、寝たきりや死亡の原因にもなります。このサルコペニアの人が増えています。
サルコペニアかどうかは歩行速度や握力の測定でわかります。
歩行速度は信号が変わるまでに横断歩道を渡りきれない(0.8m/秒以下)、握力は男性が25kg未満、女性が20kg未満ならサルコペニアの可能性が高いです。
筋肉はタンパク質を摂るだけではダメで、食べて運動しないとつきません。筋トレが大事です。
サルコペニアを通り越すと「フレイル」という状態になります。フレイルは「虚弱」という意味で、高齢になるにつれて筋力が衰えることである「サルコペニア」に加えてさらに生活機能が全般的に低くなることです。
フレイルかどうかは、・ドライウェイトの減少、・易疲労感、・筋力(握力)の低下、・歩行スピードの低下、・身体活動性の低下の内、3つ以上当てはまる場合フレイルであるといえます。
フレイルの予防は、①十分なエネルギーやタンパク質を食べる、②ストレッチ、ウォーキングなどを定期的に行なう、③身体の活動量や認知機能を定期的にチェックする、④感染を予防する(ワクチン接種を含む)、⑤手術の後は栄養やリハビリなど適切なケアを受ける、⑥内服薬が多い人(6種類以上)は主治医と相談する、などです。
元気で長生きするためのコツは、
・十分な透析!
・十分な食事!
・十分な運動!
「自分で治療法を選択し、自分の体は自分で守る!」ということが重要です。
話はこれで終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。