講演会

開催日 2006年10月8日
講師 松山赤十字病院 腎センター所長 原田 篤実先生
演題 「最近の透析医療」

透析療法は技術的な面や薬剤の分野ですばらしい進歩がありますが、基本的なところは変わっていません。

国家財政が赤字の今日、医療費の切り下げはやむをえないことではありますが、GDP(国内総生産)に対する医療費の割合をみた場合、先進国の中で日本の医療費は決して高いとは言えません。

保存期の腎不全と透析療法に関する世界共通のガイドライン(治療指針)が作られたり、DOPPS(ドプス)といわれる透析に関して最も適した治療方法を明らかにする国際的な共同研究が行われています。国際的な統計をみても日本の透析療法は非常に優れているのが分かります。

国際的な共同研究であるDOPPS(ドプス)によると、生命予後(長生きできるかどうか)は、 ・合併症があるかどうか ・栄養状態が良いかどうか ・カルシウムとリンの管理ができているか ・きちんと十分な透析ができているか ・貧血の管理ができているかなどによって大きな影響を受けることが分かっています。
また、興味深いところでは、・透析施設の医師の診察時間が長いかどうか ・スタッフの経験と教育レベルも患者さんが長生きできるかどうかに影響しています。

透析患者さんの貧血管理としては、週初めのヘマトクリット値を30~33%(ヘモグロビン値で10~11g/dl)で維持するのを目標にエリスロポエチン(商品名:エポジン、エスポー)を投与します。ただし、比較的若年者ではヘマトクリット値を33~36%(ヘモグロビン値で11~12g/dl)で維持することが推奨されています。

血液を造るためには、材料として鉄が必ず必要です。体の中の鉄が不足していないかどうかの診断基準は、トランスフェリン飽和度(TSAT)20%以下、血清フェリチン濃度100 ng/ml以下です。

透析をしていると骨や関節が痛くなってくることがありますが、それは骨からカルシウムが抜けているためです。骨や関節が悪くなることも問題ですが、それ以上に困ったことに、骨から抜けたカルシウムがリンとくっついて全身の血管壁に沈着(異所性石灰化)して動脈硬化がどんどん進み、やがて心筋梗塞や脳梗塞をおこす原因になることが分かってきました。こういうことから、カルシウム・リンの管理は骨を守るためというよりは、長生きのため(生命を守るため)の問題だという考え方に変わってきています。

新しい薬剤として、腎性貧血に対して現在のエリスロポエチンより強力で作用時間の長いダルベポエチンアルファ、リン吸着剤として炭酸ランタン、副甲状腺機能亢進症治療薬として、PTH(副甲状腺ホルモン)の分泌を強力に抑制するカルシウム受容体作動薬、かゆみを抑える薬(経口剤、注射薬)などの治験が行われています。来年か再来年くらいから、皆さんに使われるようになります。

新しい治療法としては、PCKD(多発性のう胞腎)の縮小術や、HDF(血液透析濾過)の増加、特にオンラインHDFの進歩があげられます。

オンラインHDFとは、透析液を清浄化したものを置換液として体に注入するHDFのことです。これに対して、従来から行われている市販の置換液(サブラッドなど)を使用したHDFのことをオフラインHDFといいます。

ダイアライザーを細く長くする、あるいはダイアライザーの中央部だけを細くするなどダイアライザーの形状を変えることによって、ダイアライザーの内部で濾過が促進されます。そういう内部濾過促進型ダイアライザーを使用したインラインHDFという方法も出てきています。

HDF(血液透析濾過)の効果として確立してものには、

  • 循環動態が安定するので、透析後半に血圧の低下や不整脈が起こりにくい。
  • 同様の理由で、心のう液(心臓の周りにたまった水)を除去しやすい。
  • 痛み、痒みという従来のHD(血液透析)では対処できない症状を緩和できる。
  • 透析液の清浄化とHDFの相乗効果により、エリスロポエチンを減量できる。

などがあります。

透析を始めると徐々に腎臓は小さく萎縮していきますが、大体3年を過ぎた頃から多くの人で腎臓にのう胞(小さな袋)がたくさんできるようになり、腎臓がだんだん大きくなります。これを多のう胞化萎縮腎といいます。透析を10年以上した人のうち90%の方が多のう胞化萎縮腎となっています。多のう胞化萎縮腎には腎癌ができることがあるので、CTなどによる定期的な検査が必要です。

多のう胞化萎縮腎の臨床的特長としては、
腫瘍(腎癌)の合併が多い。(頻度としては、100人の透析患者さんで年間1~2名の腎癌が見つかる程度です。)

  • 透析期間が長いほど大きくなりやすい。
  • 男性のほうがなりやすい。
  • 透析法で差はない。
  • 透析膜で差はない。

などがあります。

後腹膜出血をおこす患者さんの30%に腎癌が合併しているので、血尿があれば直ちに泌尿器科を受診することが必要です。血尿があっても腎癌が確認できないこともありますが、必ず経過観察が必要です。
昔はアルミゲル、今は炭酸カルシウムが悪者にされています。しかし、アルミゲルはリンを下げる力が強く、注意して使えば優れたリン吸着剤だと考えています。

『いかにスーパーカーを新しく作り続けても、走る道路が「でこぼこ道」では、すぐに故障してしまいます。透析患者さんでは、きれいに舗装した道路を作る事とは、食事療法、運動療法などで実現できる自己管理を行うことです。「道」さえ良くなれば、少々の中古の車でも、故障なく長く乗り続けられます。』
これは、たとえ話ですが、どんなにすばらしい新しい治療法ができたとしても、患者さんの食事療法や運動療法などの自己管理がきちっとできていないと長生きはできません。長生きできるかどうかは透析技術の進歩より、いかに自己管理がしっかりできるかにかかっています。今の透析技術でも自己管理がしっかりできていれば十分長生きはできます。

食事療法の基本は、しっかりと蛋白、カロリーをとって、塩分、リン、カリウム等の多い食品を避けることです。このためには、患者さん、家族の勉強と、それを支援する透析栄養士の力が必要です。
食事療法も慣れてしまって生活の一部になると、それほど苦痛ではなくなるものです。

透析導入の原因として一番多いのは、糖尿病です。(1998年から透析導入の原疾患の第1位が糖尿病性腎症になりました。)
現在、糖尿病で透析を受けている患者さんは約7万2千人で、さらに急激に増加していることが社会問題化しています。このため、糖尿病をいかに予防あるいは治療するか、また糖尿病性腎症からの透析導入をいかに防ぐかなどについて取り組みの機運が高まってきています。

高血圧症、高脂血症、糖尿病など複数の生活習慣病を合併する人が増えていますが、これらの病気はお互いが密接な関係をもって発症しており、多く合併するほど動脈硬化を促進して脳梗塞や心筋梗塞などを起こしやすくなります。

最近、これらの生活習慣病は内臓に脂肪が蓄積した肥満(内臓脂肪型肥満といいます)が原因であることがわかってきました。このように、内臓脂肪型肥満によってさまざまな病気が引き起こされやすくなった状態を「メタボリックシンドローム」とよぶようになってきています。