講演会

開催日 2008年11月2日
講師 昭和大学医学部内科学講座 腎臓内科学部門 教授 秋澤 忠男先生
演題 「丈夫で長生き -透析の秘訣ー」

2007年末での慢性透析患者数は約27万5千人で、人口464人に一人が透析を受けていることになります。年間3万6千人以上が透析導入し、亡くなる人が2万人以上いますので、毎年約1万~1万5千人の透析患者さんが増加しています。また、透析患者さんのうち約6万7千人が10年以上の長期透析患者です。

10年前と比較すると、透析に導入される患者さんの年齢が高齢化しており、さらに糖尿病から透析導入になる患者さんの割合が増加していますが、透析治療の技術の進歩により透析患者さんの生存率あるいは生命予後は良くなっています。しかし、透析患者さんの平均余命(あと何年生きられるか)は一般人口に比べてほぼ半分程度です。また長期透析に伴うさまざまな合併症により生活の質(QOL)は低くなっており、社会復帰が阻害されるなどという大きな問題点があります。世界に共通するこうした問題点を克服することが今後の透析医療の目標であるといえます。

透析患者さんの死因は、主に心不全・感染症・脳血管障害・悪性腫瘍・心筋梗塞で、割合の順序は多少入れ替わることがありますが、これらが5大死因であることはずっと変わっていません。また、心不全・脳血管障害・心筋梗塞などを心血管系疾患といいますが、この心血管系疾患が死因の4割以上を占めています。従いまして、透析患者さんが長生きするためにはこの心血管系の病気に対する対策が必要です。

最近、3ヶ月以上にわたって蛋白尿などの異常があるか、または腎機能が正常の約60%未満の場合を慢性腎臓病(CKD)と呼ぶようになりました。
日本の慢性腎臓病患者は約1330万人と言われ、そのうち蛋白尿が陽性で腎機能が正常の約50%未満に限ると591万人いて、もはや慢性腎臓病は国民病の一つとなっているということができます。

慢性腎臓病の患者さんは、透析をしているかどうかに関わらず、心血管系の病気を合併しやすく、健康な人と比較して心血管死の危険度が約2~3倍高くなることが分かっています。また、慢性腎臓病では腎臓の働きは進行性に悪化するため、将来的に透析患者の増加につながるという問題もあるため、慢性腎臓病対策は国の健康政策で重要なものになってきています。

日本の透析患者さんの生存率は世界で最も高いのですが、それでも健康な人と比較すると平均余命が半分程度です。透析患者さんの生命予後を向上させる、すなわち透析患者さんが長生きするためには、次のようなことが重要です。

十分な透析量
透析量とはきれいになる血液の量のことで、ダイアライザーの効率・血流量・透析時間などによって変わってきます。効率のいいダイアライザーで血流量を多くして時間を長くすると透析量は多くなります。十分な透析量を確保すると、死亡の危険度が下がります。

長い透析時間
透析量(きれいになる血液の量)は同じでも透析時間が短いほど死亡の危険度は上がります。言い換えますと、透析量は同じでも(ダイアライザーの効率や血流量など他の条件が同じでも)透析時間が長いほど長生きできるということです。日本の透析患者さんのデータでは、5間透析の死亡危険度は4時間透析の約半分です。また、3時間透析の死亡危険度は4時間透析の約1.5倍です。
このように、透析時間を長くすることが、長生きの一番の秘訣です。

良好な栄養

透析間体重増加量の管理
透析中の除水率(1時間当りに引く水の量=水を引くスピード)が少ないほど死亡の危険度が下がります。だから、なるべく体重を増やしてこない、また体重が増えた時は透析時間を長くして除水率(水を引くスピード)を下げることが長生きにつながります。

適正なP/Caコントロール
血清リン濃度が高くなるにつれて1年間あるいは3年間の死亡危険度が増加することが、日本透析医学会の調査で分かっています。たとえば、血清リン値が7mg/dlを超えると、血清リン値が4~5mg/dlの人と比べると1年間と3年間の死亡危険度が1.5倍になり、8mg/dlを超えると死亡危険度が2倍以上になります。そのため、日本透析医学会のガイドライン(治療指標)の血清リンの管理目標値は透析前で3.5~6.0mg/dlなっています。

血清カルシウムと1年間と3年間の死亡危険度との関係は、血清カルシウム値が10mg/dl以上で死亡危険度が上がり、また8mg/dl未満でも同じく死亡危険度が上がることが分かっています。そのため、日本透析医学会のガイドラインの血清カルシウム値の管理目標値は8.4~10.0mg/dlとなっています。
JDOPPSのデータから、「血清リン値が5.5mg/dl以上の透析患者さんを全て5.5mg/dl未満に保つと5年間で1万1600人(1年間では2千300人以上)の命が救われる」ことが分かりました。1年間に約2万~2万5千人の透析患者さんが亡くなっている訳ですから、リンをコントロールすることでその1割の命を救うことができることになります。こういうことからもリンのコントロールがいかに重要かということがお分かりいただけると思います。

同じくJDOPPSのデータから、「血清カルシウム値が9.5mg/dl以上の透析患者さんを全て9.5mg/dl未満に保つと5年間で1万1800人の患者さんの命が救われる」ことも分かっています。

PTH(副甲状腺ホルモン)が高いと生命予後が悪くなります。PTHが100pg/ml上がる毎に死亡危険度が1%上昇することが分かっています。死亡危険度を下げるためにはPTHを下げなければいけませんが、今まではこのPTHを下げるために主にビタミンD製剤を使っていました。ビタミンD製剤は確かにPTHを下げる効果はありますが、それと同時に血清カルシウムと血清リンを上げるという作用もあります。先ほど説明しました通り、カルシウムやリンが高いと死亡の危険度が上がりますので、PTHを下げるために必要なビタミンD製剤があまり多く使えないという困った問題がありました(ビタミンD製剤を多く使うとPTHは下がるが、高カルシウム血症や高リン血症になる危険性がある)が、今年発売されたレグパラという薬はPTHを下げると同時にカルシウムとリンも下げる効果があるので、血清リン値と血清カルシウム値を透析医学会のガイドラインに沿った値にコントロールすることが容易になりました。

感染症の防止

貧血管理
ヘモグロビンが1g/dl(ヘマトクリットで3%)高いと死亡危険度が11%低下することが分かっています。また、貧血を十分改善することによって死亡危険度が下がるだけでなく、入院の危険度も低下することが分かっています。

日本の透析患者さんの平均ヘモグロビン濃度は欧米と比較してやや低い傾向にあるので、日本透析医学会は2008年に目標ヘモグロビン値(ヘマトクリット値)の新しいガイドラインを作成しました。新しいガイドラインでは、目標ヘモグロビン値は10~11g/dl(ヘマトクリット値30~33%)、活動性の高い比較的若年者はヘモグロビン値11~12 g/dl(ヘマトクリット値33~36%)とするという内容は2004年のガイドラインと変更点はありませんが、ヘモグロビン12g/dl(ヘマトクリット36%)を超える場合は減量・休薬する〔活動性の高い比較的若年者はヘモグロビン13g/dl(ヘマトクリット39%)を超える場合は減量・休薬する〕という内容が追加されました。これにより、今までよりやや高めにヘモグロビン値(ヘマトクリット値)が設定されることになり、より貧血改善効果が期待されます。

貧血改善によって、生活の質(QOLとも言われ、活力・からだの痛み・身体機能・社会機能・精神的健康度などによって評価します)が良くなり、入院の危険度が下がり、さらに生命予後を改善(長生き)につながるということが明らかになっています。

次に、「自己管理の悪い患者さんの生命予後は低い(長生きできない)」というデータがあります。例えば、守れている人の死亡の危険度を1とすると、透析をさぼる人1.26、透析時間を短くする人1.12、体重管理が悪い人1.12、リンが高い人1.17、カリウムが高い人1.11と死亡の危険度が上がります。

日本の透析患者さんの血管アクセス(シャント)は、91%の人が内シャントで、人工血管が6%、カテーテルが1%となっています。

血管アクセス(シャント)として人工血管やカテーテルを使用している透析患者さんは、入院危険度と死亡危険度が高くなります。この原因は人工血管やカテーテルを使用している透析患者さんは感染症を起こしやすいためです。感染症としては、もちろん人工血管やカテーテルその物に感染が起きるということもありますが、他の一般的なさまざまな感染症を発症する危険性も高くなります。日本の透析患者さんの生存率が世界で最も良いのは、感染症にかかりにくい内シャントの比率が世界で一番高いことも関係があります。こういったことからも内シャントを大切にしないといけません。

足の先が腐ってくることを壊疽(えそ)といいますが、そうなると足を切断しなければいけなくなります。透析患者さんでこういった壊疽になる危険度は欧米に比べると日本では極端に少ないですが、それでもやはり四肢切断となる患者さんが少なからずいます。
どういった患者さんが四肢切断に至るかといいますと、Ca・P積の高いほど四肢切断の危険度が高くなることが分かっています。Ca・P積とは、カルシウムリン積と読み、カルシウムの値とリンの値を掛け算したものです。例えばカルシウムが10でリンが7だとするとCa・P積は70となります。

カルシウムやリンが高いと死亡の危険度が高くなるというだけでなく、Ca・P積も高くなるので四肢切断の危険度も上がるということです。Ca・P積が高い場合、糖尿病がある透析患者さんの方がより四肢切断に至る危険度が高くなります。

多くの透析患者さんが痒みを訴えます。リンやカルシウムが高いと死亡危険度が上がる・四肢切断の危険度が上がるだけでなく、痒みの出現する危険度が高くなることも分かっています。さらに痒みが強いほど死亡の危険度が高いことも分かっています。これは、痒みが強いほど睡眠の質の低下がおき、それが死亡危険度を高くすると考えられます。

このようにカルシウムとリンはさまざまな病態に関係しています。カルシウムとリンのコントロールは重要ですので十分気をつけてください。

性別に関わらず高齢になるほど骨折の危険度は高くなりますが、特に高齢の女性の骨折の危険率は非常に高いので十分注意してください。また、低アルブミン血症(栄養状態が悪い)の患者さんや低リン血症(血清リン値が3.5未満)の患者さんでも骨折の危険度が高くなりますので気をつけてください。

 

透析患者さんが丈夫で長生きする秘訣(まとめ)
・十分な透析を受ける
・透析時間を長くとる
・貧血を改善し、栄養状態を良好に保つ
・十分な体格を維持する(やせ過ぎない)
・体重増加は5%以内に(食べ過ぎない、飲みすぎない、そのためには塩分を制限する)
・禁煙
・リンに注意(高すぎても低すぎてもいけない)
・炎症(感染)にかからない
・内シャントを大切に

以上のことを実践することによって高いQOL(生活の質)が得られれば、その高いQOLが丈夫で長生きするという結果につながります。

私の話が皆さんの日頃の透析生活に少しでもお役にたてれば幸いです。御清聴ありがとうございました。