講演会

開催日 2015年2月15日
講師 浜松医科大学附属病院 血液浄化療法部 病院教授 加藤 明彦先生
演題 「お達者にすごすためのコツ ~運動と栄養の重要性~」

「サルコペニアやフレイルが問題となる背景」
日本の今後の高齢化の進展においては、団塊の世代が後期高齢者となる10年後の2025年には3人に一人が65歳以上、5人に一人が75歳以上、高齢者の約7割が一人暮らしか夫婦のみ、認知症730万人となります。これを2025年問題といいます。

透析患者さんの高齢化

透析患者数は、一番最近の透析医学会の調査結果では31万を超えています。内訳をみると、2000年以降、65歳未満が12万人程度で変化がないのに対して、65歳以上が増えています。その中でも75歳以上の患者さんが著しく増えています。
将来の透析患者数の変化をシミュレーションしてみると6年後の2021年か2022年に35万となり、そこがピークでそれ以後徐々に減少していくと予想されています。また、10年後には、60歳未満の患者さんが4万人程度(1割~1割5分)で、ほとんどの方が60歳以上で、75歳以上の患者さんが3人に一人となり、一般の人口よりさらに高齢化が進んでいる状況であると予想されています。

これまでは病気(例えば脳卒中)をきっかけに段々と身体機能が落ちていき、骨折などで寝たきりとなり、やがて肺炎などで亡くなるといった疾患モデルという考え方が中心でした。
現在は、健康体であっても徐々に体力が落ちてきて虚弱の状態がゆっくり進み、最終的に亡くなるという虚弱モデルという考え方が主流になっています。しかし、体力が落ちてきていることに早く気がついて対策を実行すれば、また健康寿命を延ばせます。寝たきりになってしまってから元気になるのは難しいということも現状としてあります。

平成22年度「国民生活基礎調査」(厚生労働省)による「要介護の原因」をみてみますと、原因の1位は男性では「脳卒中」、女性では「認知症」、2位は男性では「認知症」、女性では「脳卒中」、3位は男女とも「高齢による衰弱」です。この「高齢による衰弱」のことは「フレイル」という言葉で呼ばれるようになっています。
フレイルはどういう状態を意味するかというと、転倒・骨折といった身体的なことをはじめ、精神・心理的、社会的問題まで含めて病気になりやすい状態(前段階ととらえられています)のことです。
フレイルが注目される理由は、年齢とは関係なく、健康障害や死亡の予測因子となることや介入(運動したり栄養に気をつける)すれば戻りうることが挙げられます。
それでは、具体的にどうやってフレイルかどうか評価するかというと、①体重減少(1年間で2kgの減少)、②疲労感の自覚、③日常生活での活動量低下、④身体能力の減弱、⑤筋力の低下の5項目のうち3つ以上当てはまればフレイルの可能性があります。また、厚生労働省による「介護予防チェックリスト」の「暮らしぶり」、「運動器」、「栄養・口腔機能」についての15項目中4つ以上当てはまればフレイルであると考えられます。

フレイルの根幹にあるのは筋肉量の減少です。筋肉量の減少から始まり→筋力の低下→疲労・活力の低下→歩行速度の低下→活動性の低下→消費エネルギーの低下→低栄養・体重減少→そしてそれがさらに筋肉量の減少につながるという悪循環が起こります。これをフレイル・サイクルといいます。
歩行速度の低下ということについては、横断歩道で青信号が点灯している間に渡りきれれば問題ありませんが、渡りきる前に点滅になるようならフレイルである可能性が高いです。

この筋肉量の減少、筋力または身体機能の低下する現象を世界的にサルコペニアと呼んでいます。最近の調査では、75歳以上の東京都居住女性の40%がサルコペニアだといわれています。
サルコペニアによる症状としては、①動きがゆっくりになる、あるいは体を自由に動かせない、②固い食事がかめない、③のみ込みに時間がかかる、④むせやすい、⑤息切れがするなど、筋肉量の減少は、運動機能はもちろんのこと、咀嚼嚥下機能、呼吸機能にまで関係してきます。

サルコペニアでは外出頻度が減少するため認知機能の低下が起こりやすくなります。また転倒・骨折をしやすくなり(筋肉が落ちると4倍骨折しやすくなります)、食事困難や代謝低下から食事量の減少が起こり、それが栄養障害となります。サルコペニアから起こったこれら全てのことが「要支援・要介護」につながっていくことになります。

「透析患者さんのサルコペニア・フレイル」

透析患者さんにおいては、糖尿病のない人で7~8割、糖尿病がある人は9~10割の人で筋肉量が減少しています。
筋肉量減少、筋力低下、歩行速度低下などを伴うサルコペニアは、栄養障害、炎症反応、抑うつ症状、認知機能の低下などといった全身のいろいろな症状に関連していることが最近分かってきました。
また、海外の論文では透析患者さんがフレイルになるのは、普通の人に比べて約2倍の頻度で、フレイル・サルコペニアという状態は比較的早い年代から始まっており、それによって転倒や死亡のリスクが高くなることが明らかにされています。

それでは、なぜ筋肉が減るのかというと、
① 透析日の食事量が少ない。
② 透析日は食欲がない。
③ 透析日は活動量が少ない⇒透析日は歩かない、安静時間が多い
透析のない日の1日平均歩数は平均で5300歩、透析日は平均で3,600歩と、透析日の方が1,700歩少ないという調査報告があります。ちなみに60歳の健康な人の歩数は、1日平均8,000歩くらいです。
また、週3回・1回4時間の透析では、穿刺と止血時間も含めるとほぼ4時間半から5時間かかります。これは、透析のために1年のうちの約1カ月はベッド上で安静に寝ていることになります。透析終了して回復するまで6時間以上かかる人も5人に一人はいるといわれており、こういう方達はさらに安静時間が長くなります。
安静は必要な場合もありますが、安静によって筋肉は減少します。年配の人ほど安静により筋肉が落ちやすいということも分かっています。

【サルコペニア対策は?】

透析療法で大切なことは、①十分な透析、②適正な体液管理、③適切な合併症治療、④良い栄養状態です。しかし、アメリカの研究で、家庭透析で週6回している人と、透析クリニックでの週3回透析をしている人で、筋肉量の変化に差はなかったと報告されています。透析回数を増やし十分な透析をすると血清リンが下がったり、血圧が安定したりと自覚症状としては元気になるいう感覚はありますが、筋肉量の増加という点からみると特に変わらないということになります。

サルコペニア対策

1.運動

筋肉をつけるためには運動が必要です。運動には散歩、水泳、自転車こぎ、などの有酸素運動と筋トレがあります。有酸素運動はインスリン抵抗性の改善、心肺機能の改善、内臓脂肪の減少といった効果がありますが、筋肉をつけるということに関しては筋トレの方が有効といわれています。

最も効果的な筋トレとして整形外科学会が出しているロコトレというものがあります。
・スクワット(腰を落とす運動)5~6回、一日3回、関節の悪い人やバランスがとりにくい人は手をついてもいいです。
・片足立ち 左右1分間ずつ、一日3回、机などに手をついてもいいです。
この2つの運動を行うことで、50分間程度の歩行に相当するといわれています。

歩くことに関しては、平成25年国民健康・栄養調査によると、日本人の一日平均歩数は男性約7,000歩、女性約6,000歩で、70歳以上に限ってみると男性5,400歩、女性4,500歩ということです。厚生労働省はもう2,000歩くらい多く歩いてもらうことを目標にしています。
筋肉が落ちないようにするために、筋トレの代わりにウォーキングをする目安としては、1日に男性8,000歩、女性7,000歩です。そうすると、大雑把にいうと今より毎日2,000歩多く歩くことが必要ということになります。約2,000歩に相当する生活活動としては、芝刈り(電動)、荷物を運ぶ(7~11kg)なら10分、掃除、ガーデニング、立ち仕事、子供(孫)と遊ぶなら15~20分になります。また、歩行(速歩)、自転車、テニス(ダブルス)、ゴルフ、水中歩行などを15~20分間続けても約2,000歩に相当する運動になります。大体、1週間でトータルとして2時間~2時間半くらい歩くのがいいと思います。

透析中に筋トレをすることは、海外では以前より行われていましたが、日本ではまだそういった施設が少ないのが現状です。透析中に筋トレを行うと筋肉がついたり、日常生活の質が良くなることが分かっています。
日本のある施設における透析中の筋トレについてみると、透析開始後30分のところで3分間のストレッチング→チューブによる下肢の筋トレ(10~15分)→自転車こぎ(エルゴメーター10~30分)→ストレッチング(3分)というように、わずか1時間足らずの筋トレを週3回しただけでも3年間の観察で筋力の増加がみられたとのデータがあります。

2.栄養補給

サルコペニア(筋肉がやせる)を防ぐためには、蛋白質が重要です。蛋白摂取量が、1日に体重1kg当り0.9gを下回るとより筋肉が減るということが分かっています。
筋肉をつくる蛋白質の基はアミノ酸ですが、アミノ酸の中でも特に分岐鎖アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)と呼ばれるものが重要です。分岐鎖アミノ酸は筋肉のエネルギー源になりますし、筋肉をつくったり筋肉が壊れるのを防ぎ、食欲を促進するという非常に優れもののアミノ酸です。これを1日6gくらいとらないと良くないといわれています。
分岐鎖アミノ酸(BCAAと略されます)は食事からしかとることができません。ですから、サルコペニアを防ぐためには、食事で分岐鎖アミノ酸を多く含んだ食品を食べるのがいいといえます。分岐鎖アミノ酸を多く含む食品としては、鶏肉むね肉(皮なし)、牛肉、マグロの赤身、鶏卵、牛乳、大豆製品などがあります。

このように定期的な運動と、分岐鎖アミノ酸を中心とした蛋白質をとることがサルコペニア対策ということですが、どちらか一方だけでは筋肉をつけることはできません。運動+食事をいいタイミングで行うということがとても重要だということが分かっています。運動した後ずっと何も食べないと筋肉が壊れたままになりますし、運動後3時間以上後で食事をとっても運動で壊れた筋肉を取り戻すことはできません。一番いいのは運動前後1時間以内に食事をすることです。運動と食事の時間が近いほど筋肉はつくられやすいということが分かっています。

静岡県で行われた「高齢者のお達者度調査」で、〔運動〕:一日30分以上、週5回の歩行、〔栄養〕:肉、魚、大豆製品、卵など分岐鎖アミノ酸を多く含むおかずを1日3回以上食べる、〔社会参加〕:町内会の作業・ボランティア活動などの地域活動が週2回以上、これらを実行している人が一番元気だということが明らかになりました。

結論として、「お達者に」のコツは、「体重減少に要注意」、「定期的な運動(もう+2,000歩)」、「運動の前後に分岐鎖アミノ酸を多く含んだ食事の摂取」を心がけることです。

これまでの話が皆様の日頃の参考になればと思います。